飯塚高史の引退に捧げるさようならのパレード

2019年2月21日、飯塚高史選手が新日本プロレスを引退した。

「NEW JAPAN ROAD ~飯塚高史引退記念大会~」と銘打たれた興行の動員数は1726人。超満員札止めの後楽園ホールには、飯塚高史選手のフィナーレを見守る空気が流れていた。

そのメインイベントはまさに圧巻。歴史に残る引退試合となった。

いやはや非常にドラスティックでドラマチックな展開の連続で何から書くべきか色々と悩む。

試合内容の詳細については新日本プロレス公式サイトを参照いただくとして、僕としてはちょっと違った面からこの試合を振り返りたい。

題して、飯塚高史の引退に捧げるさようならのパレード。僕の胸に残った5つのエピソードを書き残したい。

飯塚高史引退試合。

天山広吉選手&矢野通選手&オカダ・カズチカ選手VS飯塚高史選手&鈴木みのる選手&タイチ選手。

この6人が見せた極上の引退試合。天山広吉選手が魅せた諦めないことの大切さ。そして、「鈴木軍」全員が見届けたヒールとしての花道。

まずはやっぱりここからだろう。

飯塚高史選手と因縁浅からぬ仲である野上慎平アナウンサーが姿を現した瞬間からだ。

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野上慎平アナウンサーとすれ違う

第2試合の6人タッグマッチが終了した時に、飲み物を買うために売店へと向かった僕を待っていたのは、野上慎平アナウンサーだった。

事前にインタビューも受けていただけに、実況席に座る伏線は生まれていた。

ただし、本日の実況を務めたのは清野茂樹アナウンサー。最後まで担当するんだろうなぁと思っていた矢先のサプライズバッテイングだけに度肝を抜かれた。

野上慎平アナウンサーと僕の目があった瞬間に思わず「あっ!」と声を上げてしまった。勿論、面識はない。

和かな表情で「どうも(^^)」と返す丁寧さ。僕は思わず「ありがとうございます!」と少し高めのボリュームでメッセージを伝えていた。

後楽園ホールでの観戦だけに彼の実況を聞くことはできない。ただ、飯塚高史選手に襲撃される前提で青義軍を象徴するブルーのネクタイを締めてきた彼に確かな漢気を感じた。

新日本プロレスワールドでもう一度観戦しなければならない。拳をグッと握りながらその後ろ姿を見送っていた。

 

猛牛の目に浮かんだ涙

試合中盤を過ぎてタッチを受けた天山広吉選手の顔は僕の席から見ても分かるほどにくしゃくしゃだった。

どう見ても涙を堪えているのが分かる。

友情タッグが中軸に添えられた飯塚高史選手の引退ロードだったが、その実組んでいた時間は非常に短い。

ただ、時間を超えるほどの想いがそこにあったのではないだろうか。

「GBH」を追放され、新日本本隊の仲間からも罵詈雑言を浴びせられる日々。その中で飯塚高史選手だけが自分に興味を持ってくれていた。

「テンコジ」が最高のタッグチームであることに間違いはないが、ずっと感謝の気持ちと尊敬の念が天山広吉選手の胸中にはあった。

だからこそ、オフの時間を使っては「飯塚高史のココロ」を探し続けていたのだろう。

試合中に泣きそうになる。プロレスは感情をぶつけ合う戦いだと考えてみると、こんなに美しい気持ちはないのかもしれない。

例え同じコーナーに立っていなくとも、そこに「友情」は存在していた。少なくとも、僕はそう感じた。

だって、この日に天山広吉選手が着用していた「友情タッグTシャツ」は引き裂かれなかったのだから。

 

10カウントゴング

天山広吉選手がムーンサルトで飯塚高史選手にとって最後の3カウントを奪った後、万雷の飯塚コールが鳴り響く中で天山広吉選手による最後の説得が行われた。

矢野通選手、オカダ・カズチカ選手が会場を煽りまくる。後楽園ホールの気持ちが一つになった瞬間、飯塚高史選手と天山広吉選手が握手を交わした。

その直前には会話をしているような素振りも見られただけに、これは正気に戻ったのだと。トゥルーエンディングルートを迎えるのだと、胸を撫で下ろしていた。

が、希代のヒールレスラーは伊達ではない。

天山広吉選手を襲撃すると、「鈴木軍」メンバーが全員リングに集合。天山広吉選手にアイアンフィンガーフロムヘルを見舞った。

飯塚高史選手が会場全体を練り歩く中、ゴングの音が鳴り響く。

木槌で10回ゴングを叩いたのは鈴木みのる選手だ。

鈴木みのる選手がプロレスラーとしてデビューを飾った日。対角線に居たのは飯塚高史選手だった。

始まりの相手の終焉を自分が担う。とことん「鈴木軍」らしく。

ヒールレスラーに感動のエンディングなんて必要ない。ファンから見守られた引退挨拶も必要ない。

人間であれば誰しもが多かれ少なかれ承認欲求を持っている。

ただ、飯塚高史選手はその道すらも選ばなかった。世界に一人だけの飯塚高史。彼こそ真のプロフェッショナルだ。

ただ、ある疑問もあった。この試合で本当に正気を取り戻していなかったのか?と。

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魔性のスリーパー

飯塚高史選手は試合後半から明らかにファイトスタイルが変わった。洗練されたサブミッションを連発し、オカダ・カズチカ選手を明らかに追い詰めていた。

魔性のスリーパーだけではない。サンボ式膝十字まで繰り出したのだ。

シングルベルトに縁が無かった男が「IWGPヘビー級ベルト」最多防衛記録保持者を追い詰めた。

この時点で本当は、祠に封印していた理性を取り戻していたのではないだろうか。

飯塚高史選手には、正気を失って以降の記憶がない。

この前提で物事を考えていたのだが、これは不正解で本当は狂っている時代の歴史もきちんと認識していたのだと僕は思った。

ただ、「飯塚高史といえば?」という認識を最後の最後まで崩さずに終わる道を選んだのではないだろうか。

地味と言われた実力派レスラーが心から欲したのは、唯一無二の輝きであり、会場に足を踏み入れたファンが一度見たら忘れることのできないインパクトだったのかもしれない。

であれば、一般的な感動を生むフィナーレは相応しくない。

きっとこう思うはずだ。いつもの飯塚高史を一生覚えていて欲しい、と。

例えそれがファンの望むことではなかったとしても、だ。

プロレスラー飯塚高史は、飯塚高史のまま引退した。その美しさは誰の胸にも一生残るはずだ。

そして、正気を取り戻した合図はもう一つあった。

相棒とも言えるアイアンフィンガーフロムヘルがリングのど真ん中に放置されていた。

飯塚高史は普通の男性に戻った。いや、戻っていた。言葉ではなく、姿勢で示した瞬間だったように思う。

 

タイチとアイアンフィンガーフロムヘル

セルリアンブルーのマットに置かれたアイアンフィンガーフロムヘルを拾い上げたのはタイチ選手だった。

「お前の口から引退するかしないか最後くらい話せ!!」

とファン全員の気持ちを代弁し、言い放ったものの、反応がないままフィナーレを迎えた後楽園ホールのリングで最後まで立っていたのもタイチ選手だった。

内藤哲也選手から「一歩踏み出す勇気」について問われていたタイチ選手。

主人をなくしたアイアンフィンガーフロムヘルを手に取り、一体何をするつもりなのだろうか。

次にタイチ選手が登場する時。何かが起きるのかもしれない。

(手に持ったアイアンフィンガーを耳に当て)聞こえるような聞こえねえような。残しちまったな、あいつ。結局、辞めたのか、やるのかどっちだ? 意思がねえからさっぱりわかんねえな、おい。本当によ、辞めさせられたのか、辞めたのか、どっちなんだ? 真相はわかんねえよ、あいつにしかよ。もしかしたら、(アイアンフィンガーを見つめながら)俺と天山が探していた飯塚の心っちゅうのは……そんなわけねえか。まあいいよ、これは俺がもらうよ。そうだ、飯塚、お前は引退した意思はねえんだよ。いつでも俺が持ってるからよ。これをハメたくなったら俺の所に来いよ。いつも持ち歩いてやっから、いつでも。戻って来いでも復帰でもねえ。いつでもまた入って来いよ、あん時の札幌みたいによ。カッコよかったぞ。待ってるぜ
引用:新日本プロレス公式

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鳴り止まない歓声の中で

メインイベントが終了した後楽園ホールは普段であれば興行が終わった旨のアナウンスが比較的早く流れる。

ただし、この日は明らかに遅かった。いや、遅すぎた。であれば、本来は何かが控えていたと考えるのが一般的である。

これは無粋な推測だが、本人からの希望でその時間がなくなったのではないだろうか。

だって、阿部リングアナが飯塚高史の名をコールした時、その声は明らかに、明らかに泣きそうな声をしていたのだから。

「ちゃんとした花道もお別れのお花もいらないよ」

盟友・鈴木みのる選手が叩いた10カウントゴングの中、飯塚高史はいつも通りに姿を消した。

「いいんだよ。これで」

もしも、裏で笑顔を浮かべながら「大飯塚コール」に耳を傾けている時間があったなら、こんなに嬉しいことはない。

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ヒールの花道

オカダ・カズチカ選手が新日本プロレスへ入門した時の鬼コーチが飯塚高史選手だったという。

新日本プロレスとは何か。ストロングスタイルとは何か。ヤングライオンとは何か。

早朝から共に厳しい時間を過ごす中で、それぞれの胸に飯塚高史の真面目でストイックな気持ちが伝わったのかもしれない。

だが、そんな名コーチは生まれ変わった。

誰よりも新日本プロレスらしさを持った男は、誰にも真似できないヒールレスラーとなり、引退した。

デビューから30年以上が経った、彼の同期や後輩の大半がリングを去っている。それでも、10年以上変わらない姿で新日本プロレスマットを盛り上げ続けた。

切なく、儚く、ここにしか咲かないヒールの花。飯塚高史選手の花は、彼だけの色や形で咲き誇っていた。

誰一人帰らず、飯塚高史を待ちわびる聖地・後楽園で巻き起こった大歓声こそが、最高の花束だ。

己が一度決めたスタイルを貫く。人生の矜持を飯塚高史さんから学んだ夜だった。

最後に改めて。

飯塚高史さん、本当にお疲れさまでした!

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